東京地方裁判所 昭和25年(ワ)6265号 判決
原告 株式会社共和書店
被告 株式会社小林百貨店
一、主 文
被告は原告に対して金三十二万九千九十六円八十銭を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告は原告に対して金三十七万四千六百三十一円六十銭を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、
その請求の原因として、原告は、書籍の卸売を業とし、被告は百貨店を営みその書籍の販売を業とするものであるところ、原告は被告に対して昭和二十四年四月以降同二十五年九月十四日までの間に中学校及び高等学校用の参考書類等を、代金は、返品額を差引いたうえで、被告が原告から現品を受領した翌月中に支払うことと定めて、合計金二百七十六万千三百八十円八十銭相当の書籍を送付したところ、被告は右書籍中金七十六万七千二百四十九円二十銭相当の部分を返品として原告に送りかえし、売掛代金債務の弁済としては金百六十二万円を支払つたのみであるので、原告が被告に対して最後に送本した昭和二十五年九月十四日の翌月である同年十月末日の経過とともに、送本総代金額から総返本代金額及び内入弁済総額を控除した残余の売掛代金三十七万四千百三十一円六十銭のすべてについて履行期が到来したことになる。よつて、原告は、右残代金三十七万四千百三十一円六十銭と、右期間中の手形取立料金五百円との合計金三十七万四千六百三十一円六十銭の支払を求めると陳述し、更に予備的主張として、かりに、原告の主張する本件取引の相手方が、被告株式会社小林百貨店ではなくして、訴外風間弘二或いは、訴外株式会社小林百貨店書籍部であつたとしても、右訴外人等は、いずれも被告の許諾をえて被告百貨店内において、株式会社小林百貨店書籍部という商号を使用して、書籍の販売を営んでいたために原告は、被告株式会社小林百貨店が、右書籍部の営業主であると誤認して取引をした結果、右訴外人等に前記のような売掛代金債務が生じたのであるから、被告は、商法第二十三条に所謂自己の商号を使用して営業をなすことを他人に許諾した者として右債務につき、前記訴外人等と連帯して、これを弁済すべき義務がある。而して、被告が、右の各訴外人に、自己の商号の使用を許諾したことは、被告会社の社員近藤正が右訴外会社の監査役として就任していることからしても明らかであり、また、原告がすべての書籍を被告株式会社小林百貨店宛に送付していたこと、右の両訴外人が、いずれも被告会社の二階売場主任監督のもとに、被告のレジスターを通じて商品の販売を行い、包装紙も被告会社と同一のものを使用し、広告塔にも、被告会社書籍部と明記され、景品等も被告百貨店の其の他の部門と同様に取扱われていたこと、被告会社の定款には、其の目的事業として、一、百貨店営業、二、保険代理業と記載されており、その事業の本体は百貨の仕入及び販売にあり、店舗の賃貸は、異例のものであること、昭和二十五年二月六日に、訴外風間弘二が従来の個人経営を改めて、訴外株式会社小林百貨店書籍部を設立した際にも何らの連絡なく、其の後同年八月二十八日に右風間が主宰する訴外株式会社小林百貨店書籍部が被告会社店舗においての従来の書籍の仕入及び販売の営業をやめてからも、引続き同年九月十四日に至る間被告は原告から六回合計金二万八千六百九円八十銭相当の送本をうけて、その販売をしていたこと、などからすれば、原告が被告会社を、右百貨店書籍部の営業主体であると誤認していたことが明らかである、と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告が書籍の卸売業者であること及び被告が百貨店業を営むものであることは認めるが、被告が原告と、原告主張のような書籍の取引をしたことはないと述べ、更に、原告の予備的主張に対しては、訴外風間弘二が使用した商号は、「風間弘二」という自己の氏名であり、また訴外会社が用いた株式会社小林百貨店書籍部という商号は、被告会社の、株式会社小林百貨店なる商号と同一でないから、右両訴外人の商号はいずれも商法第二十三条に所謂自己の商号に該当しないのみならず、たとえ、これが、自己の商号に該当するとしても、被告は、前記の両訴外人に自己の商号の使用を許諾したことが認められるとしても、原告は、訴外株式会社小林百貨店書籍部から原告との間の売掛代金の支払のため振出された約束手形に表示されている代表者風間弘二なる記載或いは書籍の売買の申込方法又は売掛代金の支払方法などにより、被告が株式会社小林百貨店書籍部の営業主体でないことを知悉していたのであるから、原告は被告を、右書籍部の営業主体と誤認して取引をしたのではない。かりに原告が、被告を、株式会社小林百貨店書籍部の営業主体と誤認したとしても、その誤認については、原告に重大な過失があるから、いずれにしても、原告は被告に対して本件売買代金の支払を請求することができない。しかしながら、被告会社社員近藤正が訴外株式会社小林百貨店書籍部の監査役に就任したこと、右訴外会社が、被告百貨店二階売場主任の指揮監督のもとに被告のレジスターを通じてその商品を販売したこと、その包装紙として被告百貨店と同一の用紙を使用し、広告塔に被告会社書籍部と明記し、更に被告会社と同一の景品を提供したこと、並びに被告会社の定款による目的事業が、原告主張のようであることはいずれも認める、と陳述した。<立証省略>
三、理 由
原告が書籍の卸売を業とし、被告が百貨店業を営むものであることは、当事者間に争がない。
よつて先ず、原被告間において、原告の主張するような取引が行われたか否かについて考えてみるに、当事者が提出或いは援用するすべての証拠を綜合してみても、到底被告が原告から、その主張のように書籍を買い受けたことは認められず、かえつて、証人風間弘二(当庁並びに嘱託)、同北川弘之、同近藤正、同角田慶一郎、同小林栄一の各証言及び原告会社代表者土井平治の供述並びに証人土井清の供述によつて成立を認め得る甲第一号証及び成立に争のない甲第五号証の一乃至三を綜合すれば、被告百貨店の二階一部を占有して、書籍の販売を営んでいた訴外風間弘二が、昭和二十三年八月以降少くとも昭和二十四年四月以降は代金は返品を差引いたうえ、同訴外人が原告から現品を受領した翌月中に支払うこととして、原告から、継続的に中学校及び高等学校用の参考書等の書籍を買い受け、其の間、昭和二十五年二月六日に、同訴外人が代表者となつて株式会社小林百貨店書籍部を設立し、爾後同社が右訴外人の営業を承継して、原告との間の取引を継続したところ、昭和二十五年九月十四日迄の間に右訴外人及び訴外会社が原告から受領した送本総額が金二百七十五万四千六百二十円八十銭であつたが、右両訴外人の原告に対する返本額及び前記送本総額より減ずべき違算額の合計が金七十六万七千二百四十九円二十銭にして、買受代金の支払総額が金百六十二万円にすぎなかつたため、未だ代金支払債務が合計金三十六万七千三百七十一円六十銭残有しており、而もこれらの債務は原告と右訴外株式会社小林百貨店書籍部との間の最後の取引が行われた昭和二十五年九月十四日の翌月たる同年十月末日の経過とともにすべてその履行期を徒過していること、並びに原告が前記取引期間中に合計金五百円の手形取立料を支出したことを認めることができる。なお証人土井清、同小林栄一の各証言及び原告会社代表者土井平治の供述のうち前段の認定と矛盾する部分は、当裁判所は措信しない。
そこで、被告株式会社小林百貨店が、前記訴外人風間弘二及び株式会社小林百貨店書籍部と、原告との間の取引によつて生じた右の残債務につき、連帯してその責に任ずべきか否かについて判断するに、証人北川弘之、同近藤正、同角田慶一郎、同風間弘二(当庁並びに嘱託)の証言によれば、被告百貨店は、昭和二十二年八月頃以来賃料は売上金の五分として、期限の定なく店内の商品ケース約八を訴外風間弘二に賃貸し、同訴外人は、同店内の二階売場の一部において、小林百貨店書籍部という商号を使用して書籍を販売していたが、被告はその間右訴外人に対して何らかかる商号使用について異議を申し述べず、これを黙認していたことが認められる。而して右認定に反する証拠は凡て措信しない。更に昭和二十五年二月六日に同訴外人の営業を承継するために設立された株式会社が、株式会社小林百貨店書籍部という商号を使用していたことは、当事者間に争がなく、被告が、右訴外会社がかかる商号を使用することについて、承諾を与えたことは、証人角田慶一郎及び同風間弘二(嘱託)の証言により明らかであり、右の認定に反する証人近藤正の証言は措信しない。
而して右の小林百貨店書籍部又は株式会社小林百貨店書籍部なる商号が、商法第二十三条に所謂自己の商号に該当するか否かについて考えるに、右商法第二十三条の趣旨は、営業の外観を信頼して、これと取引関係に立つ善意の第三者が不測の損害を蒙ることのないよう保護することにあるのであるから、ここにいう自己の商号には当該営業の固有の商号のみならず、その商号によつて表象される営業の範囲内に属するものなることを表示するような商号も包含されるものと解すべきところ、被告の商号が株式会社小林百貨店にして同被告が百貨店業を営むものであることは、当事者間に争のないところであるから、株式会社小林百貨店という商号によつて表象される被告の営業の一部門たることを表示する「小林百貨店書籍部又は株式会社小林百貨店書籍部」という商号は、前記法条に所謂自己の商号に該当するものというべきであり、従つて、被告は、訴外風間弘二及び株式会社小林百貨店書籍部に対して自己の商号の使用を許諾したものといわざるをえない。
そこで更に進んで、果して原告が被告を小林百貨店書籍部(訴外風間弘二個人)及び株式会社小林百貨店書籍部の営業主体なりと誤認して、本件取引を行なつたか否かという点及び、誤認したことが認められる場合において原告に重大な過失が存在するか否かについて考えてみるに、原告が訴外風間弘二と本件取引を開始した昭和二十三年八月当時同訴外人は小林百貨店書籍部と称し、其の後昭和二十五年二月六日に右訴外人の営業を承継するために設立された訴外会社が株式会社小林百貨店書籍部という商号を有し、いずれも被告百貨店の二階の一部で営業していたことは前記認定の通りであり、また、証人土井清、同小林栄一の各証言及び同人等の供述によつて成立を認めうる甲第三号証の一、二、同第四号証並びに成立に争のない甲第二号証の一乃至二〇四、同第八号証の一、二(訴外株式会社小林百貨店書籍部の使用した封筒及び用箋であることについては当事者間に争がない)を綜合すれば、前記訴外人及び訴外会社が、原告に送付した注文書等には、単に小林百貨店書籍部又は株式会社小林百貨店書籍部とのみ表示され、他に経営者或いは代表者の記載のなかつたこと、原告は通常、宛名を、小林或いは小林百貨店と表示して、書籍又は商品明細書の送付或いは、代金請求をしていたこと、右訴外人等の書籍売場は、外観上被告百貨店の他の売場と何ら区別すべきものがなかつたこと、などを認めることができ、更に右訴外人等が、すべての商品を被告会社二階売場主任の指揮監督のもとに、被告のレジスターを通じて販売し、包装紙や売出の景品等も被告百貨店と共通のものであつたこと、被告会社が百貨店営業及び保険代理業をその目的としていることは、当事者間に争がないのであるが、一方において、前示甲第一号証、同第五号証の一乃至三、及び成立に争のない乙第一号証並びに証人北野福右ヱ門、同長谷秋夫、同北川弘之、同小林栄一の証言を綜合すれば、原告会社は昭和二十五年五月十四日には、訴外株式会社小林百貨店書籍部からその代表者が風間弘二なることを明記した約束手形を受領していること、原告方店員訴外小林栄一は、昭和二十四年十一月以降引き続いて新潟方面の集金等に従事していること、原告と同じく東京にあつて、右訴外会社と書籍の取引をしていた日本出版販売株式会社或いは東京出版販売株式会社においても、昭和二十五年五月頃以降においては、株式会社小林百貨店書籍部の営業主体が、被告百貨店とは別個な右訴外会社であることに気付いていたことなどが認められるのであつて、以上の事実を綜合するときは、原告が本件取引を始めた昭和二十三年八月より、同二十五年五月十三日までは、株式会社小林百貨店書籍部の営業主体が被告会社であると誤認していたことが窺われ、またかく誤認したことについて原告に重大な過失が存在したことについては何らこれを認めるに足る資料はないのであるが、同年五月十四日以降は原告が被告を株式会社小林百貨店書籍部の営業主体と誤認していたもの、又は少くともかく誤認するについて原告に重大な過失のないものとは認めがたい。もつとも証人土井清、及び同小林栄一の証言によれば、原告会社が本件取引を行うに当つては、同社の出張員が、被告会社の関係機関を通ずることなく直接訴外風間弘二と折渉し、代金も同人を通じて受領していた事実は認められるが、百貨店において売場の主任者を介して取引を行うことは、特に異常な事例に属するものでないことが、同人等の供述から推知でき、また、証人青木一夫、同田中広の各証言によれば、新潟在住の書籍販売業者は、大体において、株式会社小林百貨店書籍部の営業主体が被告でないことを承知していたことが認められるが、在京の原告同業者が、いずれも昭和二十五年五月頃まで、かかる事情を知らなかつたこと前記認定の如くである以上、これらの事実を以てしても、いまだ右の結論を左右するには不十分であり、証人北川弘之、同風間弘二の証言中右認定に反する部分は措信できず、他に、前記認定を覆すに足る証拠はない。
それ故被告は、昭和二十五年五月十四日より、同年九月十四日までの間に、原告と訴外株式会社小林百貨店書籍部との取引によつて生じた債務については右訴外会社と連帯してこれを弁済すべき責を免れ、それ以前の部分についてのみ連帯債務を負担するわけであるから、昭和二十四年四月以降翌二十五年五月十三日までの間に、原告と訴外風間弘二及び訴外株式会社小林百貨店書籍部との取引によつて生じた債務額についてみるに、前記のようにその成立を認めうる甲第一号証によれば、右期間内における送本額の合計は金二百五十一万八千四百七十六円四十銭、返本額の合計は金四十六万七千六百十四円四十五銭にして、弁済額が金百六十二万円であることが認められ、更に特段の事情の認められない本件においては、少くとも昭和二十五年五月十四日以降同年八月末日に至る間における送本に対する返本の超過額金十万千七百六十五円二十銭の部分は、昭和二十五年五月十三日以前の取引について、その契約の一部が解除されたものと推認せざるをえないから、被告は昭和二十四年四月以降同二十五年五月十三日迄の前記送本額より、同期間内の返本額及び弁済額並びに、昭和二十五年五月十四日より同年八月末日に至る間の返本超過額を控除した残額金三十二万九千九十六円八十銭を、原告に対して支払うべき義務がある。
よつて、原告の本訴請求中、右の部分は正当としてこれを認容すべきであるが、爾余の売掛代金並びに手形取立料請求部分は、いずれも理由がないから棄却すべきものとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第九十二条の規定を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 加藤令造 石橋三二 西迪雄)